創設者の歩み History The Man

創設者 加藤暁の歩み

学校法人暁学園創設者 加藤暁



~私立幼稚園とともに50年~





学校法人暁学園創設者 加藤暁(かとうさとる)

略歴

(職歴)
昭和24年 私立ときわ幼稚園 認可
昭和31年~平成5年 私立ときわ幼稚園 副園長
昭和40年~平成20年 学校法人暁学園 理事長
平成21年~ 学校法人暁学園 学園長
昭和40年~平成9年 名古屋あかつき幼稚園 園長
昭和45年~昭和47年 和合あかつき幼稚園 園長

(公職歴)
昭和50年~平成4年 愛知県私立学校審議会委員
昭和53年~平成4年 愛知県学校法人等助成審議会委員
昭和53年~平成12年 財団法人愛知県私学振興事業財団理事

(団体歴:主なもの)
昭和38年~昭和40年 愛知県私立幼稚園協会常任理事
昭和50年~昭和53年 愛知県私立幼稚園協会副会長
名古屋市私立幼稚園協会副会長
昭和52年~昭和58年 日本私立幼稚園連合会常任理事
昭和53年~昭和62年 社団法人愛知県私立幼稚園協会会長(初代)
昭和53年~平成4年 名古屋市私立幼稚園協会会長
昭和53年~平成12年 財団法人愛知県私立幼稚園退職基金財団理事長
昭和56年~平成3年 政令指定都市私立幼稚園団体協議会運営委員長
昭和58年~昭和60年 日本私立幼稚園連合会副理事長
昭和62年~平成4年 社団法人愛知県私立幼稚園連盟会長(初代)
平成元年~平成4年 全日本私立幼稚園連合会常任理事
全日本私立幼稚園連合会東海北陸地区会会長
平成3年~ 政令指定都市私立幼稚園団体協議会常任顧問
平成4年~ 全日本私立幼稚園連合会東海北陸地区会常任顧問
社団法人愛知県私立幼稚園連盟名誉会長
愛知県私立幼稚園PTA連合協議会常任顧問
名古屋市私立幼稚園PTA連合協議会顧問
平成4年~平成11年 全国私立幼稚園退職金団体協議会会長
平成11年~ 全国私立幼稚園退職金団体協議会顧問

(賞)
平成2年11月 愛知県表彰条例による表彰(愛知県知事)
平成3年10月 私立学校審議会委員功労者表彰(文部大臣)
平成3年11月 私立幼稚園功績表彰(名古屋市長)
平成6年11月 藍綬褒賞
平成15年4月 勲五等双光旭日賞

真の幼児教育を目指して

 加藤暁-創設者(以下創設者)は幼い頃、順覚寺を開山した祖父が境内で行っていた「少年少女相伝会」を見て育ちます。少年少女相伝会とは、近所の子供たちを集めて読み書きや算盤を教える寺子屋のようなもので、その体験が創設者の原点といっても過言ではありません。その後、父親が同じく順覚寺にて開設した「ときわ幼稚園」の副園長に就任(当時24歳)し、これが幼児教育の道を歩み出すきっかけとなりました。
 祖父から父、そして創設者へと教育者の道が受け継がれ、これまでおよそ50年。“幼稚園は幼い子どもを教育する場である”“好きこそものの上手なれ”という信念のもと、真の幼児教育の実現を目指してきました。

変わりゆく時代のなかで

過去-餅つき04 私立幼稚園が一般に普及しはじめた戦後から間もなく、私立幼稚園の環境は社会の急速な近代化に追いつけず、施設の面でも、教育の面でも立ち遅れていきます。また、昭和30年代後半には日本国内で「所得倍増計画」がはじまり、活気づく世の中を背景に女性の社会進出もはずみがつき、幼稚園に対する社会の要求は「教育」ではなく、子どもを預かってくれる「保育所」的な役割へとなっていきました。
 創設者はそうした社会に対してギャップを感じ、「これからの私立幼稚園の運営には大きな組織の力が必要になる」と改めて実感。「自身の幼稚園を良くするには、日本の幼稚園全体が良くならなければならない」との考えから、私立幼稚園の社会的地位と体質改善を目指し、自身の幼稚園運営と同時に私立幼稚園協会(現在の私立幼稚園連盟)での活動にも力を注いできたのです。

次代を見据えた私立幼稚園制度を確立

花壇-03  昭和38年、創設者は愛知県私立幼稚園協会の常任理事に就任すると、当時の私立幼稚園が抱えるさまざまな問題の解決に取り組みました。その功績は子どもたちへのより良い教育環境の育成はもちろん、幼稚園経営に関する経済的補助、保護者への就園支援(保育料の公私格差の是正)、幼稚園教諭の待遇改善などじつに多岐にわたります。
 特に昭和53年、私学振興助成法案による愛知県からの補助金を、全国的にも最下位のCランクからAランクに引き上げ、平成4年には、私立幼稚園にとって悲願でもあった「経常費助成二分の一補助」を全国のトップをきって実現しました。
 それら多くの実績は私立幼稚園の向上と近代化に大いに役立ち、現在も私立幼稚園をはじめとする私学振興の基礎として引き継がれています。

私学振興の中心として要職を歴任

 創設者はこれまで、愛知県私立幼稚園協会と同時に、愛知県下の私立学校の設置廃止の許可などについて調査審議する「愛知県私立学校審議会」委員就任(昭和50年)をはじめ、「財団法人愛知県私立幼稚園退職基金財団」創設者(昭和53年)、「政令指定都市私立幼稚園団体協議会」を創設する(昭和47年)など、数々の重責ある職務を拝命し全うしてきました。
今上天皇と また昭和53年には、より体制の強化を図るべく愛知県私立幼稚園協会は社団法人となり、創設者はそれまでの功績が認められ初代会長に就任。翌昭和54年には、愛知県からの協力要請をうけ、国際児童年の記念事業である「国際母親大会」を法人化最初の大事業として企画運営し、無事成功を納めました。
 その後も、創設者の尽力が実をむすび「社団法人愛知県私立幼稚園連盟」が発足。その初代会長就任とともに、「全日本私立幼稚園連合会」の副理事長としても活動の幅を広げ、さらなる私学振興の門戸を広げてきたのです。

私立幼稚園と幼児教育の未来へ

花壇-02  社団法人愛知県私立幼稚園協会、そして社団法人愛知県私立幼稚園連盟の会長職を務めるなかで、つねに私立幼稚園、ひいては幼児教育の行く末を見つめ続けてきた創設者。平成4年、社団法人愛知県私立幼稚園連盟会長を勇退後も学校法人暁学園の創設者として、また順覚寺の3代目住職として、新しい幼児教育を模索し、現在も変わらぬ情熱を燃やしています。 





~創設者の言葉より~

『私学運営とはつまり、教育の営みであります。そこで必要なのは「手作りの教育」といいますか、自ら考えて伸ばしていくような個性の尊重です。いくら見立てのいい理念を掲げても、その教育に心がこもり愛情を感じるようでなければ共感してもらえません。また、時代もどんどん変化しますから、それに順応していく教育のあり方を考えていくことも大切でしょう。人間がいかに成長していくかという元をつくっていくのだという責任感こそが教育者の大事な心構えであり、それが建学の精神に結びついていくことが大切だと思います』
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